1214ページ目 東証プライムPBR0.5割れ企業⑮日本製紙

言わずと知れた王子製紙と並ぶ製紙業界2強の一社です。

しかし2023年6月2日時点でPBRは0.34倍、プライム市場上場企業1831社中で下から数えて69位、そして日経平均採用銘柄でワースト1のPBRに沈んでいます。

過去10年の株価を見ても波はありますが2019年を最後に2000円台から下回り昨年の1ドル150円台の円相場で900円台を割り込みました。2023年に入り株価は上昇傾向、6月19日時点では1252円と1000円台は回復しましたがそもそも2013年7月は1400円程度ありました。日本製紙アベノミクスの10年間でいったい何をしていたのだ?

2015年6月付の経産省レポート「製紙産業の現状と今後の方向性」も読んだのですが既に10年前の時点でも洋紙の需要低迷は予測されており対応策も出されているのですがちゃんとやったのか?

 

時事通信記事「日本紙パルプなどに立ち入り=卸4社に独禁法違反容疑―官報用紙入札で談合か・公取委」には日本製紙子会社の日本紙通商も立ち入り検査を受けているとの話もありましたが構造改革は遅々として進まずコンプライアンスもいい加減な10年だったということか。

日経記事「官報、デジタル版を原則に」も読んだのですが既にネットで閲覧する人が圧倒的に多く他国でも紙版を廃止しています。官報用紙入札の談合も行われていたことも考えると不正防止の根本的解決策として官報のデジタル化を進めるのは合理的です。

国だけでなく地方自治体でも印刷物に関して似たような談合はあったりしないよな?

まさかとは思うが談合をやっているから紙パ業界が政府や地方自治体のデジタル化推進で圧力をかけて紙の官報等の印刷継続を働きかけていたとかないよな?

 

過去10年間の業績も確認しましたが売上高はこの10年間で2017年3月期を除き1兆円を確保していますがほぼ横ばい、2023年3月期は値上げ効果により過去10年で最大になったものの決算説明資料にある通り原燃料高で過去10年間なかった営業損失を計上し最終損益もリストラや減損で膨らみ過去10年で最悪の赤字500億円という散々な結果になってしまいました。

セグメント別の業績を見ると主力事業の紙・板紙事業で292億円の赤字、生活関連事業で78億円の赤字となっていますがもっとも売上規模が大きい紙・板紙事業は昨年度も赤字56億円という状況です。

売上ベースでみるとこの2事業が売り上げの87%を占め特に紙・板紙事業が約49%の売上割合になっているだけに株価が低迷するのも納得です。

コスト面でも原燃料高の影響で1170億円の追加コストがかかりましたがコストカットは原価改善活動や生産停止及び使用する石炭の削減等を行っても171億円にしかならず原燃料高の前に焼け石に水という状況です。

販売面では洋紙の販売量が紙資源節約とデジタル化による需要減少により前年割れ、板紙の販売量はネット通販が堅調だった反面、工業製品や自動車関連製品で半導体不足の影響があったのかこちらも前年割れです。

生活用品、トイレットペーパーやティッシュ類は値上げ効果もあり売上は増えましたがやはり原燃料高が厳しく営業赤字、海外事業も同様に原燃料高の影響で営業赤字となっています。

なお2024年3月期は値上げ効果とコストカットで主力事業が黒字化し売上高1兆2300億円、経常利益180億円を見込んでおり過去10年の経常利益の水準からすれば低い部類ですがそれでも2023年3月期よりはマシな業績で多少は株価にも期待が戻ってきたといったところでしょうか。

 

もっとも前提条件が問題、円ドル相場が1ドル135円となっており6月21日時点での為替相場は1ドル141円台であり会社側の見通しが甘く1円円高で10億円業績が上振れすることを考えると再び1ドル150円台になったら通期で150億円のマイナスになり2024年3月期に見込まれる当期純利益150億円は吹き飛ぶことになります。

なお原油相場に関してはドバイ原油相場で1バレル85ドルを想定しているが2023年6月19日午後の時点のドバイ原油相場は1バレル75.1ドル前後で推移しています。

コロナ禍直後に20ドルまで急落していますがたった2年後には120ドルに届きそうな勢いで上昇するあたり全く相場は怖いものです。

コロナ禍前の2018年から2019年あたりは60ドルから80ドルで推移していましたがロシアのウクライナ侵攻で上がった、台湾有事が発生しようものなら何が起きるかわからない怖さがあります。

原燃料相場が落ち着いてくれれば円安が進行してもいくらかは耐えられる、2024年3月期はさすがに経常黒字化を達成できるのではないかと思うのですが参考資料を見ると日本製紙の経営環境はかなり厳しい、というか紙パ業界自体の将来が危ぶまれる状況でプライム市場に上場する紙パ銘柄10社のうち日本製紙を含む4社がPBR0.5倍割れする状況も納得です。

 

洋紙・板紙の販売数量は2023年3月期で昨年より全てマイナス、特に新聞用紙と印刷用紙の減少率はそれぞれ8.8%と10.8%のマイナスになっています。

新聞自体を読まない層が増えた上に読む層もネットで読むようになった、印刷用紙の類もデジタル化とコストカット及びSDGs対応で各社とも書類を減らした(会計士協会も定期総会資料の冊子を電子化しており似たようなことは他の団体でも行っているのだろう)、等々、今後も継続する流れを考えると洋紙事業の将来性はかなり厳しいと言わざるを得ないです。

脱プラの流れでペットボトル飲料や各種包装をリサイクル可能な紙製品に変える流れもありますがトータルで見て紙パ製品の需要減は続くのでしょう。

 

値上げに関しても消費者の節約志向と需要自体の減少で難しい。元々、製紙業自体が紙のような薄さの利益、「ちりも積もれば山となる」を地で行く薄利多売の構図でしたが多売が難しくなり値上げも困難なら設備と企業の統廃合及び価格競争になりにくい事業の育成が課題になってきます。

 

戦略説明資料も確認しました。

紙・板紙事業の将来性を考えると事業構造を転換せざるを得ない、生活関連事業のウエイトを増やしていく方針をとっているとのことで実際、生活関連事業の売上高が全体の売上高に占める割合は2019年度25.8%、2020年度31.5%、2021年度36.9%、2022年度38.1%、紙・板紙事業の売上高はコロナ禍発生後に6000億円を割ったのに対し生活関連事業は着実に増え続け2022年度には4000億円を超えており紙・板紙事業依存からの脱却は進んでいると言えます。

需要が減るのであれば生産設備の停止もやむを得ないところです。元々各地域で地産地消の傾向があり円安でも輸送費が高くつくのでは採算がとれず輸出に回すのも難しいということなら生産設備の統廃合も課題となってきます。

 

2022年3月期のKAMも確認しましたがこの時点では減損の兆候はあるが割引前将来キャッシュフローが簿価を上回っており減損はしていない旨の記載があります。

しかし翌期の2022年11月9日付で秋田工場の機械を停止し減損損失32億円を計上しています。

継続使用する予定だったが減損の兆候がありこのまま継続使用しても翌期以降に割引前将来キャッシュフローの減少で結局減損を認識することになるので先手を打って設備の停止を決めたのでしょうか。

減損の兆候はあるが減損を認識していない場合であっても前提が変わる、翌期に設備停止で遊休化することにより減損損失が発生する可能性を考えると当期は減損の認識がなくても減損の兆候がある場合については十分注意した方がよさそうです。

ただ先行きのことを考えるともっと保守的に見積もって他の生産設備にも減損の兆候があるかどうか判断した方がよかったのではないか。

合理的な見積りの範囲内で出した判断なのでしょうがその合理的な範囲の上と下がどういう前提の数字になっているのかが不明、日本製紙と会計監査人は為替相場原油相場の変動はどこからどこまでが合理的な範囲内だと認識していたのか?

そこも合わせて説明してほしかったのですが需要が減少する環境と不安定な国際情勢を考えると合理的な範囲内で可能な限り保守的な見積りをとるのが重要です。

1ドル150円、原油相場1バレル100ドルで最悪の場合を想定する投資家もいるかもしれないですが製紙業界を取り巻く環境を考えると厳しい見積りで一気に減損損失を認識したとしてもビッグバス会計には当たるまい。

特別損失の計上に関するお知らせは2022年11月9日付で出ていますが四半期レビューの時点でどういう監査手続を実施したのか気になった投資家もいるかもしれないです。

為替相場原油相場の影響を大きく受けるリスクがあることを考えると財務諸表上の数字もどうなるかわからず第三者の一筆はほしい、本当に適性なのか四半期レビューはやはり必要です。

中期経営計画では2025年度でROE5%を目標にするとしていますが過去5年で1度も達成できたことはなく達成できたとしてもまだ日本企業の平均ROEには届きそうもない。

2030年には売上高1兆3000億円、ROE8%と言っているができるのか?

 

たしかに紙パ業界自体がどうにもならない環境なのは間違いないのですが王子HDは過去10年で1度も赤字は出していないです。なお王子HDは2023年6月19日時点でPBRは0.59倍となっています。こちらも芳しくない状況ですがそれでも日本製紙よりはマシです。

日本製紙の事業構造は紙・板紙事業及び生活関連事業の2本柱で他の事業は1割程度でしかないです。既に10年前の時点で紙・板紙事業のうち紙事業が厳しくなると予測されていたのは上述した通りですが日本製紙は事業構造転換が遅かったと言わざるを得ない。

セグメントの分類は会社によって異なるので単純比較は難しいのですが(製紙業界二強を意識するなら比較可能性を考慮してほしいのだが比較されたくないから日本製紙は王子HDとは異なるセグメント分類にしているのか?)王子HDの決算説明会資料を確認すると事業は4本柱、機能材と資源環境ビジネスで売上及び営業利益を伸ばし原燃料高や紙の需要減少の影響で営業赤字になった生活産業資材事業と印刷情報メディア事業のマイナスを吸収し円安原油高の環境下でも最終黒字は確保できています。

薄利多売で値上げがしづらい事業だけでなくBtoBで付加価値を高めれば値上げ交渉も比較的行いやすい事業を育成した効果が現れてきたのでしょう。

ROEに至っては直近5年で王子HDは一度も6%を下回っていない。

海外進出に関しても中期経営計画を確認しましたが日本製紙は海外売上高30%以上、王子HDは50%を目指すとしており紙の需要自体が減少している上に人口減少で日本市場自体が縮小する状態では王子HDの方がまだしも生き残れる可能性が高いと言わざるを得ない。

株価を上げる、PBR0.5倍割れ解消を目指すには売上高はともかくROEだけでも王子HD並みの水準を達成してもらわないと日本製紙株は買いたくないと思っている投資家も少なくないのではないか。

紙パ株自体買いたくないですがリスク分散のため不人気な業種からも1社選べと言われたら消極的ながらも王子HDを選ぶのでしょう。

2014年度の時点で日本製紙と王子HDは売上高で3000億円程度の差でしたが2022年度には5500億円の差に拡大しておりいつまで2強と言っていられるかどうか。内心で苦々しく思っていそうですが比較されているうちが花です。2030年代にはもう比較すらされなくなっているかもしれない。

そんな状況の中でも日本製紙株を買ってもらうには王子HDとはどう違うのか?いかに日本製紙が王子HDにない強みを持っているかを説明してほしい。