2023年6月19日時点の日経平均採用銘柄でもっともPBRが低いのは日本郵政でPBRは実に0.35、一株純資産2912円なので資産価値だけに着目するなら理論上、1892円分のお買い得価格です。
子会社のゆうちょ銀行とかんぽ生命も東証プライムに上場していますがこの2社もPBR0.5割れの株価水準でそれぞれ6月19日時点においてPBRは0.43と0.34となっています。
株価に関しても日本郵政以下3社は2015年に上場した直後がそれぞれの最高値でその後は各種不祥事や業績の低迷で株価も低迷し現在に至っています。
過去10年の業績も基本的に右肩下がりの経常収益で2016年3月期には14兆円台でしたが直近の2023年3月期には11兆1385億円で減収が毎年のように継続しています。
経常利益も2015年3月期を最後に1兆円の大台から遠ざかっており2023年3月期はとうとう7000億円を割り込みました。
社会のデジタル化及びペーパーレス化の進展もあって郵便事業はより一層低迷し物流事業でも価格競争や人手不足もあり減収減益、海外金利上昇でゆうちょ銀行の外貨調達コストは上昇、有価証券の含み損もゆうちょ銀行が3000億円、かんぽ生命が5900億円発生しており(ロイター記事ゆうちょ3059億円、かんぽ5925億円 23年3月期末の有価証券含み損)資金運用も芳しくない状況となっています。
上場ゴールでプライム市場上場後に低迷する事例が相次ぎIPOでも問題になっていますが親方日の丸の象徴で今も国が実質的に支配する日本郵政グループからして上場ゴールという残念な状態です。
このグループに関しては正直言って手の打ちようがないです。
日本郵政グループの経営について書くだけで文庫本1冊分に相当する分量になりそうですがバランスが悪く既に他の人たちも日本郵政グループの問題点は論じているのでここではそんなにたくさん書くつもりはないです。
これまで日本郵政は赤字の郵便局運営をゆうちょ銀行やかんぽ生命の収益で補おうとしてきましたが低金利環境では販売手数料頼みの収益構造となりグループ全体で顧客本位でない業務運営が行われ大きな社会問題となりました。
富裕層向けのサービスを提供しようにも民業圧迫との関係もあってゆうちょ銀行は預入限度額が設定され1300万円となっておりかんぽ生命も加入限度額1000万円という設定で制約があり収益を上げるため過大なノルマや自爆営業をせざるを得なかったという背景もあります。
過去には長門正貢氏や西川善文といった銀行業界の大物が建て直しを行おうとしてきたのですが彼らをもってしても無理でした。
赤字の施設や過疎化した地域の不採算な小規模郵便局を廃止しようにも衰えたとはいえ未だに数十万票規模の集票力がある郵便局長会(FLASH記事「裏切り者は「絶対に潰す」…日本最強の集票マシン「郵便局長会」湧き出るマネー数十億円の裏側」ヤフーニュースが抵抗勢力となりリストラも困難です。
つい最近も産経新聞記事「「郵便局統廃合」発言に波紋 日本郵政・増田社長、火消しに躍起も溝埋まらず」ヤフーニュースにある通り増田社長が統廃合に言及した途端に猛烈な反対の声が社内外から上がっており民間の地方銀行のような店舗の統廃合以上に郵便局統廃合は難易度が高いです。民間企業、特に東証プライム上場企業だったらあり得ない話です。
株主(国以外の)は怒りますね。こんなことを言うと株主利益至上主義だと言う人も出てくるのですがそれならなぜ東証プライムに上場したのだ?と言った話になってきます。
過疎化した地方の郵便局を潰すと他の金融機関が撤退した地域は特に金融サービスへのアクセスが困難になり郵便局以外の公共施設の集約と併せて検討しなければならないですが総務省資料「情報通信審議会諮問「少子高齢化、人口減少社会等における郵便局の役割と利用者目線に立った郵便局の利便性向上策」について」の郵便局の窓口来客状況を見る限り過疎地の郵便局のうち窓口来客数で1日10人以下の郵便局が1548局という状況です。
コロナ禍前のデータでさえこの有様なので2023年時点の窓口来客数が極端に少なくなった郵便局はもっと増えていると思われます。
本来なら中期経営計画で挙げられている役所内、他の地銀、駅、コンビニ等に統合集約してほしいところです。
それでも政治的な理由もあって店舗の統廃合が難しく赤字体質脱却は遠い状況にあります。
国内は雁字搦めで身動きが取れないため西室氏は海外での収益により国内の赤字を補う戦略をとり6200億円もの資金を投じてオーストラリアの物流大手トールHDを買収しましたが甘い見積りで失敗し大怪我をして手を引くことになりました。
もはや国内も海外も八方ふさがりです。
最近になってゆうちょ銀行が1兆円規模のベンチャー支援を行うと言っていますが(日経記事「ゆうちょ銀、新興に1兆円」)きちんと査定できるのか?
ベンチャー投資の目利きは非常に難しく既存のベンチャーキャピタルも苦労していますが官民ファンドも大赤字で存続の是非が昨年議論されたところです(読売新聞記事「累積赤字309億円、「クールジャパン」に統廃合案…財務省「来春までに成果」要求」)。
日本郵政は一応民間企業という体裁をとっていますが実質的に半官半民の企業で役員も増田社長以下天下り官僚が多数在籍しており体質的に官民ファンドと似たような結果になりそうな気がします。
発掘に郵便局網を活用するといっていますがこれが地元の政治と関係して不正の温床になる、ベンチャー投資を名目にカネを引っ張り票の取りまとめを行うといった悪事が行われたら大問題になりそうな予感がします。
ガバナンスもいい加減で日本郵政本社が子会社のグリップをできていなかったこともゆうちょ銀行の投信販売やかんぽ生命の保険契約で大問題になった際に発覚していますが今年も相変わらず不祥事が発覚しており子会社の日本郵便の執行役員が問題を起こしています(西日本新聞記事「日本郵便執行役員が仕入れ先紹介 転売問題発覚後に退任、別子会社の社長に」)。
子会社含む役員によるお友達への利益誘導で不採算のベンチャー投資が行われ損失が生じるリスクも懸念しています。
なお2022年3月期のKAMには193兆円にも上る有価証券(総資産の64%)について内部統制と時価評価の合理性の検討、56兆円にも上る責任準備金(負債の20%)について内部統制及び計算の正確性と十分性、1兆円の繰延税金資産の内部統制と回収可能性について検討されていますが今後本当に1兆円のベンチャー投資を行うなら同様に内部統制及び出資額の評価の合理性の検討は必要、ベンチャー投資のリスクを考慮するとKAMについても記載してほしいものです。
郵便事業でも紙の手紙やはがきの低迷をてこ入れしたい、紙の良さを伝えたいという製紙業界からの提案もあって昨年の年賀状からFSC認証紙が採用されたとの話もあります。
FSC応援プロジェクト記事「2022年寅年・年賀はがきがFSC認証紙に!手に取れる”紙”の年賀状の良さを見直すきっかけに」を読みましたがこのサイトを運営しているのは三菱王子紙販売株式会社です。提案したのは王子製紙か三菱製紙かは不明ですが日本郵政及び製紙業界で年賀状販売減少に危機感を持ち業績改善の努力はしている、自然保護と紙文化の両立でSDGsを推進したい気持ちは伝わったものの時事通信記事「年賀状、受け付け開始=発行枚数は過去最少―日本郵便」を見る限り前年比10.2%減という厳しい状況になっています。
メール便に関しても日経記事「ヤマト、日本郵便に委託」でメール便や「ネコポス」の配達業務をヤマト運輸が日本郵便に全量委託する旨の記事がありました。
元々ヤマト運輸が日本郵便の独占に風穴を開けようと進出した経緯を考えるとメンツもあってヤマト運輸はぎりぎりまで自力で採算を確保すべく粘るのではないかと思っていたのですがそんなヤマト運輸でさえ見切りをつけるあたり物流24年問題の深刻さが伝わってきます。
ヤマト運輸は白旗を上げましたがそれはつまり日本郵便の負担が増えるということでもあります。
独占に風穴を開けるも何も独占には儲かるから新規参入を拒んで独占を維持するケースだけでなく儲からないから新規参入がなく独占が結果的に維持されるケースもありヤマト運輸に追随してメール便に新規参入する業者がなかったことを考えると日本郵便の配達業務は儲からないから結果的に独占が維持されたケースに該当するのではないか。
長距離便に関しては完全自動運転の実用化に向けた取組が進んでおり配達もドローン配送も技術的には着実に進化しています(ドローンジャーナル記事「日本初となるレベル4飛行による日本郵便のドローン配送」)。
ただ採算面でどうなるかは未だ見通せない点があり低予算で配達の無人化自動化が実現できるメドが付くまでは日本郵便が不採算の郵便業務を一手に引き受けざるを得ない状況が続く、技術的な課題の解決と法令規制面での課題の解決で早くても2020年代後半までは日本郵便の不採算体質は改善できないのではないか。
中期経営計画では不動産事業を強化すると言っています。
2022年7月27日付の日本郵政グループの不動産事業の現状及び今後の取組みは確認しましたが都内はもちろん地方においても好立地の物件を多数保有しており正味売却価額はもちろん再開発した場合に見込める使用価値もそれなりに期待できるかもしれないです。
昭和の時代の三公社(JT、NTT、JR)はそれぞれ海外進出と多角化、不動産開発を行っていますがNTTやJRのような過疎化する地方でインフラ維持を担う企業も昭和の遺産で全国各地に一等地を保有しており不動産開発で赤字施設の維持費を補っています。
特にJR九州はJR三島会社の一角ですが本業の鉄道事業の不振があったのに不動産事業で成長し東証プライムに上場した実績もあります。
日本郵政もNTTやJRと同様に過疎化する地方のインフラと都内含む大都市の一等地を保有しており不動産開発をやらない手はないです。
とはいえ不動産事業の中期経営計画の営業利益目標は150億円、2027年度も250億円程度で抜本的に業績改善を行うにはやはり本業の改革が必須となります。
デジタル化に関してもより一層進めていく、2020年に配達ルートをAIが自動計算するツールを導入したとのことですがこれはどうなったのでしょうか?
配達ルート次第でガソリン代も節約できCO2排出量削減につながる、配達効率が上がり荷物をより大量に扱えるようになりますがそれには地域に密着した長年のベテランの経験が必要でした。
それをAIに読み込ませ新人でも同等のルートで配達可能になれば生産性は向上する、人手不足で採用する人材を選好みしていられる立場でなくなっただけにAIの利用は重要と言えます。
さてAIといえばチャットGPTなど生成AIの利用が話題になっていますが日本郵政は生成AIをどう取り扱うのか?これも特に説明はないがデジタル化の推進ということで当然使うのでしょう。
窓口業務のデジタル化推進で「コンサルティングアプリやデータ化された営業活動記録を活用して、お客さまのニーズに合わせたコンサルティングサービスを提供します。」と言っていますが生成AIで最適なコンサルティングサービスを提供できる、むしろノルマに追われた海千山千のコンサルタントや窓口社員に提案させるより生成AIに提案させた方がかえって信用できるかもしれません。
売りつけられるのが嫌だから人間の接客が迷惑だと思う、高額商品でも株式投資などネットで購入する事例があるのも考えると生成AIと金融商品など高額商品の販売は意外と相性がいいかもしれないです。
ただ過去にも顧客情報紛失で日本郵政は問題になっており(読売新聞記事「郵便局で29万人分の顧客情報紛失…誤って廃棄か」)生成AIの利用で誤って顧客情報を流出させる可能性がないとも言い切れません。
生成AIの社内ルールはちゃんと整備したのか?不正の一件でもそうでしたが日本郵政本社が子会社群をグリップできておらずその子会社群も現場をグリップできていない状況なので各社の各部署レベルで既に生成AIを勝手に使っている人もいるかもしれないです。セキュリティは大丈夫か?
全社的に導入するにしても2021年時点の中期経営計画なので生成AI関係の投資をいくら行うのか?JPビジョン2025では4300億円の戦略的なIT投資を行うとしていますが生成AIの登場で前提が変わってきたのでまだ中期経営計画の年度は終わっていないですが追加投資も必要と言えます。
さて中期経営計画では経営の自由度向上のためゆうちょ銀行とかんぽ生命の株式を早期に処分すると言っています。
かんぽ生命については自己株式の消却により2023年3月31日時点ではプライム市場上場基準に適合しました。
ゆうちょ銀行はプライム市場上場維持基準で流通株式比率が35%に届かず経過措置銘柄となっていますがゆうちょ銀行については2023年3月末時点でも基準に適合していないです(ロイター記事「ゆうちょ銀の流通株式比率、売り出しでもプライム基準に届かず」)。
とはいえ未達分は0.5%なので無理ということもないでしょう。
ただプライム上場維持基準にメドをつけてもなおかんぽ生命とゆうちょ銀行の株価は低迷しPBR0.5を割っている状況について親会社としてどうするのか?
2023年決算の概要も確認したがPBR1倍割れ解消についての説明がないです。
2024年3月期の業績はグループ全体で減益であり今後についてもこれまでも述べてきた通りPBR1倍割れ解消はまず無理なのは明々白々とはいえ一言も触れないのもどうなのかとは思います。
構造的に日本郵政が営利企業としてやっていくのは無理なんじゃないかとは思うのですがせめて上場ゴールの解消、一株2000円を目標にした経営計画は出してほしいです。
日本郵政グループの業績を見る限り赤字の郵便局を有する日本郵便が足を引っ張っている構図ですが店舗の再編については改めて関係各所というか社会全体で考えなければならないです。
2023年6月時点で窓口来店数10人以下の郵便局がどうなっているかは不明ですが今後の対応について政財官それぞれの立場からどうするのか?結局のところ誰が頭で日本郵政の生殺与奪を握っているのか?筆頭株主は政府、かつ規制を決めるのも政府なのでPBR1倍割れ解消は日本郵政本社より政府の鶴の一声次第なのですがその政府も郵政票もあって結局どうするのか予測するのが難しいです。
日本郵政は役員会から末端までガバナンスで問題が多発してきましたがそもそも国政や監督官庁といったもっと上の偉い人々からして日本郵政関係の政治行政のガバナンスがどういう状態になっているのか伏魔殿過ぎて手が付けられない状態になっており天界の混乱が地上にもたらされ日本郵政のガバナンスが混迷を続けるのも無理もない話ではあります。
金融、通信、不動産、物流、等々幅広い業界と大勢の利害関係者が関わってきますがあまりにも大きすぎて案外、政財官どの立場の偉い人も日本郵政関係の全体像を把握できている人はいないんじゃないか?
本当の意味での日本郵政のCEOは誰なのか?広義の意味において日本郵政はCEOがいないから迷走を続けているのではないか?
PBR1倍割れの解消については日本郵政の自助努力による業績改善だけでは困難ですが一般投資家や顧客、社員等々幅広いステークホルダーに対して政財官それぞれの立場からの説明、日本郵政及び総務省金融庁並びに郵政政策研究会や全国郵便局長会からの説明を期待しています。