PBR0.5割れの企業について個別に見てみることにします。
第1回目は栃木銀行です。
6月2日時点での低PBRランキングワースト1位は栃木銀行でPBRは0.17、驚異の0.2割れという水準で一株純資産は1481円、当日の株価は249円なので実に5分の1という価格です。
各種債権を精算し固定資産の類も正味売却価額で評価した場合の清算価値がどうなるかは不明ですがさすがにここまで破格の安さだと会社清算でバランスシートがぺしゃんこになってもまだお釣りは来るのではないかという気がします。
ここは栃木県の第2地銀で戦時中に設立された無尽会社を起源とし中小企業を主な顧客としています。
店舗は栃木県内及び地理的に近い埼玉県東部が多く群馬県前橋市及び太田市や茨城県古河市、東京都台東区にも支店があります。
2017年から地元の宇都宮証券を傘下に収め証券業も強化しリテールの強化を図っています。
ここ10年の株価推移を見ると2013年から2015年までは順調に株価が回復し一時は700円台を超えましたがその後2016年に急落し400円割れ、翌年は反動もあってか600円台を回復するもその後はジリ貧でコロナ禍には200円割れ、2022年は徐々に回復し300円台を超えるも直近では250円割れする展開となっています。
波はありますが少なくとも株価1000円を超えたことは一度もなくほぼ恒常的にPBR0.5を割った状態が継続しているといっていいです。
業績に関しても2015年3月期をピークに一般事業会社の売上高に相当する経常収益が減少し2018年3月期には業務収益500億円割れしその後は400億円台で定着しています。
経常利益も2015年3月期に200億円を超えピークになるも業務収益と同じく減少していき2018年3月期は100億円の大台を割ってそのまま定着し直近では50億円の経常利益に沈んでいます。
栃木県の一人当たりの県民所得や製造業の成長率など第11次中期経営計画を見る限りは比較的栃木県の経済環境は地方の過疎化が進む中でも健闘している部類ではありますが、日本全体のGDPが伸びず特に中小企業は価格転嫁が進まなかった、個人も賃上げがなかった点も栃木銀行のような中小企業や個人をメインターゲットにする第2地銀にとって逆風だったのでしょう。
しかも越境融資を増やすにしても周囲は強豪がそろっています。
地元栃木と東の茨城には足利銀行と常陽銀行を擁するめぶきフィナンシャル、西の群馬には群馬銀行、南の埼玉には埼玉りそな銀行及び武蔵野銀行、そしてメガバンク各行、北の福島は東邦銀行が第1地銀ですが第2地銀も2行あり過当競争になっています。
他地域に進出しようにも四方八方のライバルが強力で困難な状況にあるので経常収益を増やせなかったのは想像に難くないです。
それでも単独で生き残りを図るには資産運用で収益を稼がざるを得ず金融投資で相当なリスクをとったのでしょう。
世界経済が堅調に推移しているうちはよいですが金利上昇懸念が高まってきた昨年には栃木銀行が抱える有価証券の含み損は拡大し2021年度にはワースト1位の154億円になっています(東洋経済記事「地方銀行、頭痛の種となっている「3大リスク」」)。
なお2023年3月期の純資産は1548億円となっていますが1割に相当する金額が吹き飛んだ状態です。
最新のデータだと東洋経済記事「全国地銀「有価証券評価損益」ワーストランキング」によれば栃木銀行の含み損は263億円、ワーストランキング自体は4位だが含み損の金額ベースでは拡大しています。
今後の金利上昇で損失がどうなるのか?経営理念には「新たな時代に柔軟に対応できる強い体力の銀行として発展します。」とありますが金利上昇で体力が減っていく状態をどうするのか?これも感度分析をして投資家に説明してもらわないと疑心暗鬼が広がってなかなか買いにくくなるのではないか。
安定的な株主還元を行いたいと言っていますがこの含み損拡大状況では減配も覚悟した方がよさそうな状況です。
ROEの長期目標は5%と言っていますが2023年3月期の実績は1.53%、本当に3倍以上に改善できるのか?
店舗を統廃合してデジタル化で業務量を削減し人員は再配置で営業を強化する、富裕層や地域の中核企業及び重要産業を重点的に狙う、等の内容が中期経営計画にありましたが競合するめぶきフィナンシャルが2022年5月26日付で出した第3次グループ中期経営計画を見る限り特に大差のない内容でした。
差異がないのであれば規模が大きい方が有利となりますが他行との差別化についての説明がない、めぶきフィナンシャルより後から中期経営計画を出したのであればもっと明確な違いがあってもよさそうですが地銀の経営環境を見る限りどの地銀であってもできることは限られてくるのでしょう。
栃木銀行の決算説明資料も確認しましたが貸出金が増えているのはよいとして貸し倒れリスクは大丈夫か?不良債権比率は低水準で推移しているとのことですがとちぎん経済レポート令和5年5月号で企業倒産が足元で増加の兆しありと出ておりフォワードルッキング引当も導入したほうがよい、人材育成とリスキリングの拡充ではそれに対応した人材投資も重要です。
県別の貸出残高を見ると1店舗しかない東京が16.8%を占めている、金額にして3419億円もありますが土地勘のない場所でそんな巨額の貸し出しを行って大丈夫か?
2022年3月期のKAMも確認しましたが要約すると貸倒引当金の見積もりは貸出先の経営環境をちゃんと確認して漏れなく行った的な内容となっています。
判で押したようにどの地銀もテンプレ通りの監査報告書ですが越境融資のリスクが問題になっている状況なので土地勘のない東京での貸し出しについてはもっと具体的な内容を詳しく説明してほしかった。
有価証券に関しても上述の通り栃木銀行は特に有価証券の含み損が拡大している状況が報道されており2022年3月末の時点でも前年度から含み損が急拡大している、2022年3月期2023年3月期で有価証券は6000億円も保有していますが金額的な重要性を考えると有価証券の評価に関してもKAMで取り扱ってほしい。評価損益に関しては金利上昇による債券価格の下落が問題になっている状況なのでさすがに無視できないです。
努力はしているのでしょうがあまりにもレッドオーシャンな状況は栃木銀行単独でどうにかできる類の話ではないです。
「課題解決に強い銀行へ「コンサルティング機能の強化」」で筑波銀行、東和銀行、大東銀行と北関東、埼玉、東北の広域で事業承継やМ&Aなどコンサル業務及びビジネスマッチングを行っているとありますがそれは顧客より栃木銀行と提携各行がまずは隗より始めよで範を示す必要があるかと思います。
地銀が抱える課題を解決するには多すぎる地銀の統合が必要でしょう。
既に第1地銀上位行であり単独でも生き残りできそうだった足利銀行と常陽銀行でさえ経営統合を行ったのに第2地銀の栃木銀行と提携各行は部分的な提携に留まっている状況では危機感が足りていないと言わざるを得ないです。
栃木銀行がやるべきなのはМ&Aで上述の4行統合を実現し第1地銀に負けない広域地銀として生き残りを図ることでしょう。
というか栃木銀行だけでなく筑波銀行と東和銀行、大東銀行も上述の有価証券評価損益ワーストランキングでそれぞれ3位268億円、15位121億円、30位53億円(それぞれ小数点切り捨て)となっており4行合わせて707億円(小数点切り捨て)ですが本当に大丈夫か?特に栃木銀行と筑波銀行は含み損が多過ぎていざ統合先を探そうにもどこも助けてくれないリスクも考えられます。
ブレーメンの音楽隊では年老いて食料にされてしまう予定だったロバが似たような状況のイヌ、ネコ、ニワトリと協力するようになり、それぞれが特技を活かして強敵を撃退し生き延びることに成功しています。
地銀もこのまま単独で生き延びようとしても収益力はジリ貧で資産が劣化しないうちに換金され買収者に美味しく頂かれてしまうでしょう。
銀行業を継続し地域経済の発展に令和の時代でも継続して取り組みたいのであれば単独での生き残りにこだわらずМ&Aで合併するなり経営統合するなりして経営を効率化する、越境融資をするぐらいなら最初から地元の銀行と統合して情報不足による過度なリスクを負わないようにするのが妥当です。
低PBR解消以前にこの先生き残ることが出来るか栃木銀行はよく考えたほうがよいのではないかなと思います。
まあそれでも地方の過疎化を考えると統合後であっても株を買うのはなかなか厳しいのではありますが…。