1083ページ目 東日本大震災から12年

今日で東日本大震災から12年が経ちました。

午後になって出かけようとしていた矢先に震度5強の揺れが東京でも発生しお店が閉まりました。

その後消防団から連絡が来て集合し警戒に当たってきましたがラジオのニュースで帰宅難民が多数発生した、電車が止まった、帰宅の行列ができた等々かなり緊迫した情勢が伝わってきたのを覚えています。

その日の夜に解散したもののその後は原発事故のニュースもあり非常に緊迫した3月になり放射線の話や自粛ムードの影響でまるでコロナ禍の緊急事態宣言のような状況になりました。

思えばこの時期にこそ防災対策も兼ねてデジタル化を進めておけばコロナ禍でも大混乱を少しは減らせたのではないかという気もしてきます。

今年は東日本大震災から12年、阪神淡路大震災から28年、関東大震災から100年ですが100年に1回規模の震度7の首都直下型地震は100年に1回ということであれば今後いつ来てもおかしくありません。

コロナ禍から復旧してきて出社頻度が上がっている会社も少なくないと思いますがリモート勤務については引き続き整備する、出社して勤務するにしても非常時に備えて運動靴は職場に用意しておく等の対応はしておくのがよさそうです。

災害はいつ来るか本当にわかりませんがいつ来ても対応できるようにきちんと備えはしておきたいものですね。

 

それにしてもいざ都内から帰宅するにしても何時間歩けるかというのもけっこう重要になってきます。

以前サイクリングの途中、代々木公園付近で自転車がパンクしたので引いて阿佐ヶ谷まで帰った覚えがあるんですがその時は2時間かかりました。

新宿から杉並までゆっくり徒歩で2時間ですからそれより先はもっと大変、仮に歩く体力があったとしても革靴やハイヒールで歩き通すとなると1時間もすれば足にマメが出来て非常に辛いことになるんじゃないかと思います。

電車も止まり交通は自動車が頼りになりますが当然のことながらバスは満員、タクシーもつかまらずマイカーによる渋滞もあって結局進めません。

いっそのこと都内のホテルに泊まる、それも無理ならネットカフェや職場に泊まらざるを得ないといった話にもなってきそうですが当時JRの駅は震災対応のため閉鎖され駅に避難していた人たち、帰宅しようと電車に乗ろうとした人たちはまとめて追い出され3月の寒い夜を過ごすことになりました。

震災発生後すぐの段階で帰宅するか混乱が落ち着くまでホテルに泊まるか決断してすぐに動けた人はタクシーなりホテルなりを確保できたんでしょうが現実的に自分のことより職場で安否確認等の対応優先でそれどころでなかったという人も多かったことでしょう。

そういう事情も考えるともう災害が来てしまった場合はできる限りのことはするにしても結局耐えるしかなくなってきますがせめて気力体力ぐらいは日頃から鍛えておこうかなと思います。