1130ページ目 昭和的飲みニケーションの理想はストレス満載

コロナ禍で大人数の飲み会は廃れコロナ禍が落ち着きつつある状況でも忘年会新年会はコロナ前のような需要回復はしていませんが今でも飲みにケーションが大事という人は主に昭和世代を中心にまだけっこう残っています。

今日の日経夕刊、セイコーの服部さんの記事「「人が」信頼の決め手」についてにも飲みにケーションの記述があって雑談しつつ最後に仕事の話が出てきてちょっとアドバイスを言うのが理想といった内容になっています。

飲みにケーションをしながら気軽に話せる上司になるのを意識しているとのことですが偉い人の立場だったらそれでも別にストレスは感じないでしょうね。

しかし実際にはなかなか難しいです。

ただでさえ社長とか会長という肩書がある状態、しかも創業家社長を相手に気軽に話すというのは酒が入ってもかなり厳しい、というか酒を飲んだ気がしないんじゃないかと思います。セイコーと言えば服部家の同族会社なわけですから尚更です。

偉い人のありがたいお説教を飲み会の締めに聞くまで気が抜けない、仕事の話を最後にされるとなると酒に酔っている場合ではなく人事とか商談の話だったら相当不味いことになります。うっかり酒に酔って聞き逃したりするリスクもありますがすぐにスマホ録音なりメモなりで記録を残しておかないと後で大変な事になるかもしれません。

偉い人の方でも言いにくいことを酒の力を借りて言う、もし後で不都合が起きても酔っぱらった君の聞き間違えなんじゃないかと言われてしまう可能性だって否定できません。

飲み会での密室人事の密約とかで後で反故にする言い訳としてけっこう昭和の頃にはよくあったのかもしれませんね。

こういうプレッシャー満載の飲み会で酔えない酒を飲むのは健康に良くない、というか飲み会から解放されて安心したら一気に酔いが回ってくることもあり得るわけで気軽に話せる飲みにケーション上司と付き合うのはけっこう面倒です。

まあ飲みにケーションをやるなとは言いませんけど飲み会終盤の酒がかなり入った状態で仕事の話をするのは事故の元になるのでやめた方がいいんじゃないかと思います。